大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)3896号 判決 1989年4月20日
原告
甲 野 太 郎
右訴訟代理人弁護士
北 方 貞 男
被告
乙 川 次 郎
被告
乙 川 三 郎
右両名の訴訟代理人弁護士
近 藤 正 道
主文
一 被告乙川次郎は原告に対し、七五八万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告乙川次郎は原告に対し、別紙物件目録記載の各物件を引渡せ。
三 前項の引渡執行不能のときは、被告乙川次郎は原告に対し、引渡不能の物件につき、同目録価額欄記載の各金員及びこれに対する執行不能の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告の被告乙川次郎に対するその余の請求並びに同乙川三郎に対する全ての請求を棄却する。
五 訴訟費用は、原告と被告乙川次郎との間においては、全部被告乙川次郎の負担とし、原告と被告乙川三郎との間においては、全部原告の負担とする。
六 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、連帯して、八五八万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告乙川次郎は原告に対し、別紙物件目録記載の各物件を引渡せ。
3 前項の引渡不能のときは、被告乙川次郎は原告に対し、引渡不能の物件につき、同目録価格欄記載の各金員及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者間の主張<以下、省略>
理由
第一金銭支払請求について
一まず、本件金員の交付について検討する。
<証拠>を総合すると、金員交付目録(その一)記載の金員中昭和五四年三月の一〇〇万円を除いて、その記載のとおり直接次郎に対し、あるいは花子を通じて次郎に交付されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。昭和五四年三月の一〇〇万円については、原告は第三者に直接交付する形で次郎に交付した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。従って、原告から次郎に対し、合計七五八万一〇〇〇円が交付されたこととなる。
そこで、右七五八万一〇〇〇円の交付が消費貸借契約に基づくものか否かにつき検討するに本件全証拠をもってもこれを認めることができない。かえって、<証拠>を総合すると、右金員はいずれも、次郎の大学在学中の生活費、学費等として六年間の長期にわたり継続的に月々五万乃至数十万円の範囲で交付されたものであり、娘婿である次郎に対する親族間の情誼関係に基づきなされたものであること、次郎は右原告の恩愛行為に対し、感謝の意を表し、将来恩に報いる旨述べたが、明確に返済する旨述べていないこと、右金員について利息の定めや返済時期等については何ら取り決めがなされなかったことが認められ、右各事実によれば原告は次郎に右金員を贈与したものであるというほかはない。
それゆえ、貸金請求は認めがたい。
二次に、予備的請求原因(その一)について検討する。
予備的請求原因(その一)3の事実は当事者間に争いがなく、金員交付につき原告の主張中昭和五四年三月の一〇〇万円を除くその余の金員の交付があったことは、前記認定のとおりである。
<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1 次郎は、昭和五二年二月一三日、原告の二女花子と結婚した。
2 昭和五四年三月、次郎はかねてより念願の歯科大学に合格し、花子と二人で新潟で生活をすることとなった。そして、大学入学から卒業までの六年間、生活費等の一部を援助する為、原告は次郎に対し当初は月五万円、花子が昭和五六年夏ころに大阪に帰ってきた後は、月一〇万円を送金し、計七五八万一〇〇〇円を贈与した。
3 右贈与は、次郎が娘婿であり、将来歯科医師になった後は、娘の花子を幸せにしてくれることを期待してしたものであり、次郎もそのことは承知していた。
4 ところが、昭和五九年五月頃から、次郎は大学の同級生の女性と情交関係を持つようになり、歯科医師国家試験に合格した直後の昭和六〇年五月ころ、花子に対し、不貞の事実を告げ、相手の女性が妊娠したので離婚してほしい旨申し入れ、一方的に花子との間の夫婦関係を破棄した。そのため、原告の次郎に対する前記期待は裏切られ、次郎に対する親族関係に基づく情誼関係も破綻するに至った。
以上の事実が認められ、右認定の覆すに足りる証拠はない。
贈与が親族間の情誼関係に基づきなされたにもかかわらず、右情誼関係が贈与者の責に帰すべき事由によらずして破綻消滅し、右贈与の効果をそのまま維持存続させることが諸般の事情からみて信義則上不当と認められる場合には、贈与の撤回ができると解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記贈与の基礎となっていた情誼関係が、次郎の一方的な背信行為によって完全に破綻消滅し、しかも、大学在学中の六年間にわたり贈与を受けていた次郎は、歯科医師試験に合格し、原告の経済的援助が不要になるや否や、不貞の事実を明らかにし花子に対し離婚を申し出て娘の幸福のため次郎の合格を待ち望んでいた原告との間の右情誼関係を破壊したものであることなど諸般の事情を考慮すれば、本件贈与の効力をそのまま存続せしめることは信義則上認めることができず、原告に贈与の撤回権を与えるべきである。それゆえ、次郎は現存利益を不当に利得するものであって、本件で贈与された金員はいずれも生活費ないし学費に費消されたものであるから、その全額が現存利益であると考えられるので、次郎は、本件贈与を受けた七五八万一〇〇〇円並びに撤回権行使の日の翌日である昭和六三年一〇月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
第二物件返還請求等について
請求原因第4項については当事者間に争いがない。
同第5項について<証拠>を総合すると、別紙物件目録中3、4、6、7、8の物件について、次郎が占有しているものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。同目録中1、2、5、9の物件を次郎が占有していることは当事者間に争いがない。
そこで、右占有が原告から次郎に対する贈与に基づくものであるとの抗弁について判断するに、これを認めるに足りる証拠はない。よって、次郎は右物件を原告に返還する義務を負う。
右物件の返還不能の場合、口頭弁論終結時である平成元年二月一六日現在の価格で代償金を支払う義務があると考えられるところ、<証拠>より、右価格は別紙物件目録価格欄のとおりであると認められる。よって、次郎は物件の返還の執行不能の場合右価格及び執行不能日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払う義務を負う。
第三連帯保証債務の履行について
被告三郎に対する請求については、連帯保証の前提たる貸金債務が認められないので、その余については判断するまでもなく失当である。
第四予備的請求原因(その二)についてみるに、前記認定のとおり、昭和五四年三月の一〇〇万円については、その交付自体を認めるに足りる証拠がないので、その余については判断するまでもなく、失当である。
第五以上の理由により、本訴請求は、本件不当利得として七五八万一〇〇〇円及びこれに対する撤回権行使の日の翌日である昭和六三年一〇月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに所有権に基づく本件物件の返還又は返還の執行不能のときは別記物件目録価格欄の価格による代償金及びこれに対する執行不能の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからその限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官東 孝行 裁判官大竹優子 裁判官近下秀明は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官東 孝行)